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明治天皇御製


 明治天皇御製

 もろ共に たすけ交わして むつびあふ 友ぞ世にたつ 力なるべき

  • 「むつびあふ」は、睦び合う。「世にたつ」は、世にたって仕事をする上に力となるとの意。
    「二人心を同じうすれば、其の()きこと金を断つ」と易に在る。
    管仲鮑叔の交わりの如き、人間出世の本であり、一生の力である。



 くろがねの 的射(まとい)し人も あるものを 貫きとほせ 大和だましひ

  • 格調雄渾、意気剛宕、常人のものし難い丈高い大御歌です。
    「くろがねの的射し人」は、盾人(たてひとの)宿禰(すくね)です。
    宿禰は、仁徳天皇の朝の人で、書紀に「高麗ノ国、鉄の盾・鉄の的を貢献す。天皇、群臣百寮を集めて献る処の鉄の盾、鉄の的を射しむ。諸人射通すこと能はず、唯だ的臣祖盾人宿禰、鉄の的を射て之を通しつ。高麗の客之を見て、其の射の勝れたるを恐れ、共に起って(みかど)を拝す。明日宿禰を()めて名を的戸田ノ宿禰と賜ふ」と見られる、是です。
    「貫きとほせ大和だましひ」は、大和魂の力を以て汝の目的を貫徹せよ、との御意。
    陽気の発するところ金石もまた透る、精神一致何事か成らざらんです。
    普通の計算からいえば、加算三に三たす六。九に九たす十八です。
    しかし我が日本魂の威力は、三三が九、九九八十一となるのです。
    物を超越し器械を超越し、普通を超越した神力であり神業です。
    ですから、一もってよく百に当たり千に当たり得るのです。
    日清・日露の戦役を始めこれまでの戦果は、みなこの神力的日本魂の賜物です。

 白玉(しらたま)を 光なしとも 思ふかな 磨きたらざる ことをわすれて

  • 白玉は、もと美質です。
    磨けば磨くほど光を発するものです。
    人もまた、性(もと)善。
    学べば学ぶほど光を発するものです。
    一首の意は、われわれ人間は白玉と同じく磨けば磨くほど光を発し、学べば学ぶほど
    光輝を発するものです。
    しかるに世の人は学ばず磨かずして、成績が上がらない、学業が進まないと言います。
    それが誤った考えであると御諭しになられたのです。
    禮記に「玉琢かざれば器を成さず、人学ばざれば道を知らず」と言い、照憲皇太后の
    御歌に「金剛石も磨かずば玉の光は添はざらむ」と、お教えになられたのも同じこころ
    です。

 いその(かみ) 古き(ためし)を たづねつつ 新しき世の 事も定めむ

  • ねもごろに故意を究め故実を討ね、故例に徴しつつ現代の事態を処理して行こう、
    国を治めて行こうと、温故知新の極意を御歌い遊ばした大御歌です。
    「いその上」は、「ふる」の枕詞。
    この尊き大御歌に従い、我等国民もまた我が国三千年一貫の国史に基づき、神意に
    則って現代の新しき事態に対処して行かねばなりません。
    古きを捨てて顧みないものは破滅あるのみです。
    我が三千年一貫の国史は、新たなる上層建設のために供せられた堅牢無比の基礎工事
    なのです。

 橿原の とほつみおやの 宮柱(みやばしら) たてそめしより 国はうごかず

  • これは、我が国体の尊厳と国礎の鞏固にして動かざることを述べて、感恩報謝の意を
    歌われたものと拝察申し上げます。
    橿原の遠つ御租則ち、神武天皇が天下を平らげて大和の橿原の地に宮柱を太敷(ふとし)き建
    てて皇居を造営し、以て建国紀元一年の基をお開きになられてからこの方、
    二千五百六十九年(明治四十二年の御製)の久しき今日まで、国の礎は微動だにせず、
    真に尊い国柄ですがこれと申し上げるのも全く皇祖、神武天皇の御恩によることで、
    何とも感謝に堪えない次第であるとの大御歌です。
    顧うに、建国以来二千余年の間には、いろいろ重大な事変もあり、外寇もあり、或いは
    藤原氏の専横となり或いは幕府の執政となって幾変化して来たけれども、神国日本は、
    八面玲瓏として東海の天に屹然せる富士の霊岳の千古万古変わらざるそれの如き有
    様です。
    八田知紀翁が
    いくそたび かきにごしても 澄みかへる 水や御国の 姿なるらむ
    と詠まれたのは、実によく我が国体を言い表した歌です。
    我々は、ますます一致協力、以て国運の発展を計らなければなりません。

 天つ神 定めたまひし 国なれば わが国ながら たふとかりけり

  • 「天つ神」は、造化の三神を始め奉り、伊弉諾尊・伊弉冉尊、及び天照大御神などを
    広く指し給うたものと拝察します。
    一首の意は、わが大祖先にてあらせられる天つ神の御力によって、国土を経営し統一し、
    君臣一体・忠孝一本の国性を樹立し、以て万邦無比なる国体の基礎をお定めになり、
    邈たり三千年、今やわが国は世界列強の班に列し、国光これ揚り、国威これ隆々たる
    の有様です。
    かくの如く立派な国柄は、世界にただ一つあって二つと無い。
    わが国でありながら褒めるは如何と思えど、実に尊い国である。との御宸詠です。
    謹んで按ずるに、太古、わが国土がまだ混沌として天地の区別も分からない時に、
    始めてこの土に成りました神が、天御中主神・高御産霊神・神御産霊神の三柱の神でした。
    これを造化の三神と申し奉ります。
    それから、五柱の別天神を経て神代七代となり、その七代目の神が伊弉諾尊・伊弉冉尊
    であらせられるのです。
    ここにおいて、天つ神もろもろの合議によってこの二柱の神に、このただよへる國を
    修理り固め成せ。
    との大詔が下り、天の瓊矛を二神に賜うて御委任になりました。
    二神は、淡路のおのころ島に天降りましまし、皇居八尋殿を造り遊ばし、ここを
    根拠地として「国土生成」のことが行われ、淡路・四国・隠岐・九州・壱岐・
    対馬・佐渡を生み成し給い、次に本州を生み給いました。
    これを大八洲国と言います。
    それから更に六島を生み、またさらにもろもろの神々を生み給い、最後に天照大御神・
    月讀尊・素盞嗚尊の三柱の貴の子を産み給いました。
    天照大御神は「光華明彩、六合の内に照り徹る」と日本書紀に記され、御女性ながらも
    日神とて、その御徳太陽に比すべき尊い神様です。
    ここに、天照大御?は、御委任のまにまに高天原に御して六合に君臨ましました。
    これが即ち日本に於ける国家発生の起源です。
    日神天照大御?の御威光は、天の下至らぬ隈も無く、出雲を中心とせる裏日本一帯は、
    日神の御弟素盞嗚尊の御子孫であらせられる大国主命の年久しく領有き給える国土で
    ありましたが、天に二日なく地に二君あるべきにあらねば、日神の大命のまにまに
    大国主命は謹んで帰順の誠意を表し、国土を奉還して長く、皇室の藩屏たらんことを
    誓わせられ、ここに日本国土は確実に統一されたのです。
    これあたかも徳川氏が、藩籍を奉還して、明治一新の世となったのに似ています。
    ここに於いて、天照大御?は、高御産霊神と御相談に相成り、天孫瓊々杵尊をこの土に
    降し、天下統治の大任を命じ給い、ここに太古史上最も重大な天孫の降臨となり、
    天祖の神勅はここに渙発せられ、三種の神器は傳国の宝器として「此の鏡を見ること
    われを見るが如くせよ」とて、日神手づから天孫に授け給い、帝国肇造、国家経営の
    御鴻業は、かくして、づんづん進展して来ました。
    神勅に曰く、
    豊葦原の千五百秋の瑞穂国は是れ吾が子孫の王たるべき地なり。
    宜しく。
    爾皇孫就きて治らせ。さきくませ。寶祚の隆えまさんこと、まさに天壌と共に窮なかるべし。
    この神勅が、即ち万世一系・一君万民・君臣一体・忠孝一本等、皇道即ち日本精神・
    国民道徳等の根源をなし、以て万邦無比の国体を樹立したのです。
    ここに瓊々杵尊は、神勅と三種の神器を奉じ、天兒屋根尊・太玉命・天鈿女命・
    石凝姥命・玉屋命等五伴の緒の神、及び八十萬神を従え、いよいよ日向の高千穂の宮に
    天隆りましました。
    高千穂宮は、今の宮崎市の附近です。
    天孫瓊々杵尊は、ここを皇居と定め、天下を知しめすこと年頗る久しく、御壽を以て
    崩御遊ばしたので、御子彦火々出見尊が、上って天位に就き給い、ついで鵜茅葺不合尊の
    御世を経て、ここに始めて神武天皇の御代となった。
    神武天皇は、英邁勇武、夙に中央進出の御大志があり、御年四十五歳の時、
    聞く東方に美地ありと、彼の地、天業を恢弘し、天下に光宅するに足らん。何ぞ就きて
    都造らざらんや。
    と。
    諸兄及び皇子達と共に、ここにいよいよ東遷の途に上り給うことになりました。
    「刃に血ぬらずして天下を平定せん」との御念願であらせたけれども、皇軍に反抗する
    ものがあり、各処に戦を交えさせられ、前後十数年の年月を費やして、車駕始めて大和の
    地に御着き遊ばされ、ここに建都の議を定め、勅を下し賜うことになりました。
    その一節に曰く、
    恭しく寳位に臨み、以て大御寳を鎮めん。
    上は則ち乾霊国を授け給いし徳に答え、下は則ち皇孫正を養うの心を強め、然して後、
    六合を兼ねて都を開き、八紘を掩って宇と為さん、亦可からずや。と。
    かくて畝傍山の東南橿原の地に都を営みて、天位に上り給い、ここに人皇第一代建国紀元
    第一年の基を定め給うたのです。
    爾来代を代うること百二十五、年を経ること、二千六百六十八年。(平成二十年)
    その間治亂盛衰常ならず、政体は幾たびか変遷しましたが、天神の定め給いしわが国体は、またかつて微動だにしていません。
    これ「わが国ながらたふとかりけり」ではないでしょうか。

 なりはひを たのしむ民の 喜びは やがてもおのが 喜びにして

  • 「なりはひ」は生業。生活のための職業。
    「百姓の富は朕の富なり」と仁徳天皇の(のたま)いし如く、民の喜びは天皇の喜び、民の悲しみ
    は天皇の悲しみ。
    故に楽しんで職域職域において奮励努力し、そして各自生活の安定を得るの喜びは即ち
    天皇の御喜びであり、同時に我等父母祖先の喜びです。
    天皇に対し奉りてはこれを「忠」と言い、父母祖先に対してはこれを「孝」と言います。
    忠孝一本の美ここに成る、勉めざるべけんやです。

 いさをある 人を教の 親にして おほしたてなむ 大和撫子

  • 立派な人格者を得て、教育の重任に当たらせたいとの御希望でしょう。
    「やまとなでしこ」は、日本の少年・青年に例えられたもの。
    「おほしたつ」は、養い立つ、教育し立つの意。
    「いさをある人」は、名誉ある人、立派な人格者、人の儀表たるに足る功勲ある人のこと。
    「教の親」は、校長や教師のこと。
    天皇の、教育に御熱心であらせられたことは今更申すまでもありませんが、この御製を拝し、
    冷や汗(せな)(あまね)恐懼(きょうく)にたえぬ思いです。
    この御製は、学習院長であった乃木大将に賜ったものと世間では伝えられることもあるよう
    ですが、それは誤伝であると、御歌所寄人千葉胤明氏は辯明されていました。

 世の中の 人の司と なる人の 身のおこなひよ 正しからなむ

  • これは、総理大臣以下百官有司、市町村長、各種団体長等に下し給うた御垂訓です。
    「人の司」は、人の上に立つ役人の意。
    凡そ世の中の人の支配者となって人の上に立つ人は、己が行いを正しくし、自ら身を
    以て人を率いるの概がなくてはならない。
    「上の好む所下これより甚しきものあり」。
    (かみ)濁って(しも)清むの理なし。有司の人よ、願わくは行いを正しくして、率先垂範、以て事
    に当たって呉れとの御希望でしょう。

 正しくも 生ひ茂らせよ 教へ草 をとこをみなの 道をわかちて

  • この御製は、男女の道を正しく分けて教育せよとの御教訓で、現代教育上最も注意す
    べき思想的重要問題であると思います。
    特に男ともつかず、女ともつかぬ外国かぶれの所謂モダンの徒の、大いに猛省すべき
    頂門の一針です。
    人としての人格に於いては、男女とも勿論平等です。
    されど、精神上・肉体上、男には男の適正があり、女には女の適正があるのです。
    その適正に随って、自然と男女の天職が定まり、男女の道に区分がついて来るのです。
    然るに現下、この男女の道が漸次(ぜんじ)混乱しつつあるは実に悲しむべき国情ではありませ
    んか。
    我が国、神ながらの道は、男女平等で、同時に夫唱婦随です。
    即ち人間として、または国家社会の一員としての男女は平等です。
    例えば、天照大御神の女性をもって高天原を(しろ)しめし、天鈿女命(あめのうずめのみこと)天石凝姥命(あめのいしこりとめのみこと)が女
    性にして天孫随伴中の五伴緒(いつとものを)中に列したるが如き、その例はいくらもあります。
    されど、夫婦となって一家の人となった以上は、夫唱婦随でなくてはなりません。
    その時は男女ではない、名さえ夫婦です。
    禮記に曰く、「天に二日無く、地に二王無く、家に二主なし」と。
    これ東西古今変わることなき万古不磨の天則であって、また人類社会当然の秩序です。
    市長と助役は社会人としては平等の人格です。されど、市という一つのサークルに在って、
    自らの自由意志で進んで助役となった以上は、市長を助け市長に随わなければ一市は
    治まりません。
    社員がその社長に於ける、教師がその校長に於ける、臣民が君主に於ける。
    みな唱と随とでなくてはならないのです。
    この事は、(いざなぎ)(いざなみ)(みこと)が男女の道を行わせらるる左旋右旋の願事にて解ります。
    しかも世の学者は、この神事をもって男尊女卑の風習と言います。
    愚もまた憐れむべし!です。
    我が皇道に男尊女卑の風は断じてありません!!
    あるのは皆外国伝来の思想です。
    男という名は、社会的・国家的の名で、夫婦という名は家族的の名です。
    家族生活にあっては夫唱婦随。
    国家社会の生活にあっては男女平等。
    これが我が国惟神(かむながら)大道(たいどう)です。

 何事に おもい入るとも 人はただ 誠の道を 踏むべかりけり

  • 人は如何なる業務に志しても、ただただ「まこと」の道を踏んで世を渡れ。
    然らば(つまづ)くことは決してあるまいとの御教えです。
    「まこと」は天の道で、同時に我が皇道の根本精神です。
    今や天下滔々(とうとう)として浮華軽佻(ふかけいちょう)に趣き、「まこと」の一語、漸く地を(はら)わんとし、真剣・真摯・
    質実剛健の気迫精神は日一日と薄らぎ、しかも廟上廟下、日本人たるの高き誇りを失って、
    いたづらに欧米人の前に叩頭百拜なを足らざるが如きのこの現状は、実に国家の深憂大患です。
    星に泣き、菫に泣き、金に泣く、亡国的涙は多けれども、世のため国のために濺く大男児の
    涙に乏しい限り。
    一滴の涙痕千金よりも尊し。この涙は、「まこと」ある士の胸からでなくては、日本精神の
    横溢せる中からでなくては湧いて来ません。
    あぁ、日月明かなりといえども、あわれこの国家の現状をいかにせん。前途をいかにせん。
    これを救い、これを打開し、国光をあまねく世界に発揚するは、ただ誠ある、真剣味ある、
    死して悔い無き、青年諸君の努力を措いて、他にないのです。
    イザ立ち上がれ、諸君!君国のために!

 思ふこと 思ふがままに なれりとも 身を慎まむ ことなわすれそ

  • 「思ふこと思ふがままになれり」は、得意満帆の時代です。
    この得意満帆の時代にこそ却って事は失敗するのです。
    「勝って兜の緒を締めよ」と言いますし、「満は損を招き謙は益を受く」と言います。
    故に得意時代には特に身を慎め!と深く戒められた御製です。


 国という 国の鏡と なるばかり 磨けますらを 日本(やまと)だましい

  • 日本魂を磨くということは、取りも直さず質実剛健・忠誠勇武なる我が日本精神を
    涵養し振作することです。
    何時の世に於いても、我が国は「国という国の鏡」となり、世界を驚動せしめる存在
    でなくてはならないと思います。

 弓矢もて 神の治めし わが国に (うま)れし男子(おのこ) 心ゆるぶな

  • 神代の昔から、もののふの道即ち弓矢の道をもって神様が治め下さった尚武
    大日本国ですから、いやしくもこの日本国に生れた男子等は、心を緩めること
    なく、平素身体を鍛え武を練り、一旦緩急ある時に備えるところがなくてはな
    らない、との厳たる御垂訓です。
    全日本国の青少年諸君よ、更に大東亜共栄圏内における新兄弟よ、大日本は
    尚武の国である。細矛千足国(くはしぼこちたるのくに)です。
    しかしてこの尚武たるや、黷武(とくぶ)ではない。覇道武でもない。
    世界の私心私欲を摧破(さいは)し、横暴壓制・恫喝搾取等の非人道を撃滅するところの
    皇道武です。
    日本刀は即ち破邪顯正の剣です。
    この武をもって、この日本刀をもって、世界の非人道国家をうち懲らして、住み
    よき共栄共存の世界を建設するのが、お互いの使命であり天職です。
    中国で開催される今回のオリンピック。
    日本人選手団の輝かしき勇姿、、世界の範たらんことを祈り上げるものです。

 老の坂 こえぬる子をも をさなしと 思うや親の 心なるらむ

  • 老の坂を越えて、50も60にもなった子に対しても、食べ過ぎぬように、風邪を
    引かないように、怪我をしないようにと心配するのが親の心情である、との御意(おんこころ)です。
    申すも(かし)こけれど、この御製、調といい内容といい、実に千古の絶唱です。
    山上憶良の、「しろがねも黄金も玉も何せんにまされる宝子にしかめやも」の如き、
    平兼輔が、「人の親の心は闇にあらねども子を思う道に惑ひぬるかな」の如き、
    紀貫之の、「世の中に思あれども子を思ふ思にまさる思なきかな」の如き、
    万葉集作者の、「旅人の宿りせん野に霜ふらば我が子はぐくめ天の鶴むら」の如き、
    何れも代表的詩歌ですが、この高雅深遠にして常人の思い至らぬ親の極愛・熱愛・
    自然愛を歌われた御製には、到底及ばない、実に上下古今第一の歌と感激するところです。
    今の世の老若男女に、是非読み聞かせてやりたい心境です。

 山をぬく 人のちからも敷島の 大和心ぞ もとゐなるべき

  • 日本魂(やまとだましい)作用(はたらき)を的確に言い表された、千古不朽の御大作。
    「山を抜く人の力」は、山を抜き崩すほどの偉大な人の力です。
    彼の軍神廣瀬中佐の如き、爆弾三勇士の如き、また真珠湾の九軍神の如き、空の軍神加藤少将の如き、これを古人にしては和氣清麻呂公の如き、楠公父子の如き、およそ国家のため、社会のため、偉大な功を建て、偉大な力を用いた人々をお示しになったのでしょう。
    これ等の偉大な力は、何が原動力となり如何なる石炭があって、かくも燄々(えんえん)たる火光を発するかというに、これは取りも直さず、天皇帰一・忠孝一本の日本魂が根本となり、原動力となって働くからです。
    天皇陛下のため、御国のため、という心が根本になり原動力となるが故に、ここに絶大なる勇気が生ずるのです。
    絶大なる勇気が生ずるが故に、死を視ること帰するが如くなるのです。
    かくてこそここに偉大な大戦果、偉大な大功業となって表れるのです。
    御製歌のこころは是です。
    「敷島の」は、日本(やまと)の枕詞。

 (ひろ)き世に たつべき人は (かず)ならぬ ことに心を 砕かざらなむ

  • 「数ならぬこと」は、下らないこと。何でもないこと。
    物の数にも入らぬ小事・細事。
    広い世の中に立って大いに活動しようとする有為の士は、小さい事にくよくよして、心を
    労してはならぬとの御教えです。
    実際世に立って活動しようとするには、時には思わぬ失敗もあり、衝突もあり、毀誉褒貶(きよほうへん)
    もありながら、心志を労することが多いのです。
    されど、それ等は大業の前には何んでもない小事・細事ですから、そのような事に心を
    砕かず、意気を阻喪(そそう)せず、自らの信ずるところに向かって猛然奮然勇敢に戦い、最後の
    勝利を得ることが大切です。

 岩が根を 切り通しても 川水(かわみず)は 思ふところに 流れ行くらむ

  • 堅忍不抜・忍苦精進の力ほど、世に恐ろしいものはありません。
    あの川水を見てごらんなさい、長い年月の間には大きな岩石をも切り通して、思うところへ
    流れて行きます。
    所信貫徹の功をこれに見ていただきたい。

 外国(とつくに)に おとらぬものを 造るまで たくみの業に 励めもろ人

  • これは、工業家に賜った尊き御製歌です。
    「たくみの業」は、即ち工業のことです。
    外国品に劣らぬ物を造り出すまでに、工夫研究を積み、創作発明を為して、工業に力を
    致してくれ諸人よ、と御願望あらせ給うたのです。
    この有難い大御心のほどを、世の産業戦士諸君にあまねく知らしめて、国内における自
    給自足は勿論、どしどし外国に輸出し、大東亜共栄圏の民族の需要より、惹いて世界の
    需要をも充たすべく、猶一層の発奮を促したいものです。

 世の中の 人の(つかさ)と なる人の 身のおこなひよ 正しからなむ

  • これは、総理大臣以下百官有司・市町村長・各種団体長等に下された御垂訓です。
    「人の司」は、人の上に立つ役人のこと。
    凡そ世の中の人の支配者となって人の上に立つ人は、己が行を正しくし、自ら身を
    以て人を率いるの概がなくてはなりません。
    「上の好む所下これより甚しきものあり」。上濁って下清むの理なし。
    有司の人々よ、願わくは行を正しくして率先垂範、もって事に当たって呉れとの
    御希望です。
    さて、現代の「人の上に立つ役人」達にこそ、聞かせてやりたいと思うは私だけか!

 ともすれば 思はぬ方に 移るかな 心すべきは 心なりけり

  • 迷い易く移り易きは、実に人の心です!
    特に自主的精神のまだ確立していない誘惑に陥り易い、群集心理に駆られ易い
    青少年に於いてはなおさらで、深く心すべきです。
    現代人の為にお詠みになられたか!と思うほど、今の世を表されている御製と
    承りました。

 (うつわ)には 従ひながら いはがねも とほすは水の 力なりけり

  • 「真の服従は真の自由である」との語は、「うつはには従ひながら」とのたまいし
    句の脚注に外なりません。
    従順・服従・守操・節制の諸徳を意味した静的勇気です。
    「岩が根も(とお)す」は、敢闘・剛毅・忍苦・果断・勇猛・精進等の諸徳を意味した
    動的大活躍です。
    大にしては国憲国法より、小にしては校規団則の末に至るまで、または父母の命令、
    師長の命令など、守るべく服従すべき道に対しては、恰も水の方円の器に従うが如く、
    おとなしく遵守する従順の子。
    しかも、その為すこと務むべきことに当たっては、岩が根をも徹す大努力を以て、
    これを大成せずんば止まざるの意気、蓋し天下の大男児たるを失わぬ。
    明治天皇は、かかる従順、かかる勇猛果敢の精神を我等に望ませられて、さてこそ
    この大御歌となったものと拝察致します。

 梓弓(あずさゆみ) やしまのほかも 波風の 静なる世を わがいのるかな

  • 戊申詔書に・・・
    朕ハ爰ニ益々国交ヲ修メ友義ヲ惇ウシ列国ト與ニ永ク其ノ慶ニ頼ラムコトヲ期ス
    と宣はせられ、明治天皇の世界平和に御専念遊ばされたことは日一日のことでは
    ありません。
    この御製は、明治35年日露の関係日に非なるの時、「をりにふれて」の御述懐です。
    「梓弓」は、「や」(矢)の枕詞。
    「やしま」は、大八洲国の略。
    「やしまのほか」は、海外のことです。
    この頃、露国は、さきに遼東半島還付を我が国に強いながら、己れ却ってこれを租借し、
    旅順に難攻不落の堅塁を築き、烏港(ウラジオストック)に東洋艦隊の根拠地を設け、
    着々準備を整えて南下し、一挙韓半島を屠り一路直に肉薄せんとし、東洋の風雲頗る
    急なるものがあり、国を挙げて人心恟々たる有様でした。この時に方り、天皇陛下が
    如何に御宸襟を悩まされたかが伺われます。

 川舟(かわぶね)の くだるは易き 世なりとて 棹に心を ゆるさざらなむ

  • これは、油断大敵ということを御教えになられた御製で、一首の意は、川舟の下るが如く
    トントン拍子に容易(たやす)く事が運んでゆく世、即ち順境の時代でも、決して水棹(みざお)のままに心を
    許して油断してはいけません。
    どんな暗礁やどんな思いがけない故障の起こらないとも限らないので、しっかり水棹を
    取って、過ちの無いようにとの御深切な御教えです。
    「治に居て乱を忘れず」、「百里の行程は九十里に半ばず」などの言、思い合わすべき
    です。

 家富みて あかぬことなき 身なりとも 人の務めに 怠るなゆめ

  • これは「折にふれて」の御製ですが、かの高等遊民の徒を戒められたものかと
    拝察致します。
    家富みて飽かぬことなき飽食暖衣の身といっても、人の人たる職分はゆめゆめ怠ること
    なかれとの御教訓です。
    働くということは、実に人の天職なのです。精神的にせよ筋肉的にせよ、働かない人は
    人間の人間たる価値はないのです。
    必ずや身の程々につけて、金一文でも自ら生産し米一粒でも自分で創造し、国家社会の
    為に盡さなければならない筈のものです。
    しかるに、世は遊惰徒食・華奢淫逸、以てその日を送るものが多い。
    世を毒し思想を悪化させるものは、多くはこの輩で、悪みてもなを余りありと謂うべしです。
    願わくは国家の為、社会の為に反省していただきたいものです。

 かりそめの 事に心を うごかすな 家の柱と 立てらるる身は

  • 「かりそめ」は些細です。
    家の大黒柱と立てらるる身は、些細なことに心を動かしてはならぬ。
    家長すでに心を動かせば、一家また不安に襲われる。故に細心にして勇気があり、
    沈着にして果断があり、どっしりとして物事に動ぜぬ修養が第一です。
    「立ち寄らば大木の蔭」。頼み甲斐ある親であり、家長でありたいものです。

 なよ(たけ)は 素直ならなむ 空蝉(うつせみ)の 世にぬけいでむ 力ありとも

  • これは、婦徳を訓へさせられた御雄作です。
    「なよ竹」は、弱竹(なよたけ)で女性に例えていらっしゃいます。
    「素直」は、飾り気のないこと。心根の正しきこと。又、淑やかにして逆らわぬこと。
    「空蝉の」は、世の枕詞。「世にぬけ出でむ力ありとも」は、世の中の人に抜け出た力、
    即ち学芸才幹が衆に優れていてもの意。
    「なよ竹は素直ならなむ」と、まず喝破されたところ、筆力(かなえ)()ぐとも言うべく、
    百鬼夜行の現在の「モダン」に対しては、正に三十捧に値します。
    昔にしては紫式部、近代に於いては蓮月尼、明治になっては九條武子の如き、また申し
    上げるのも恐れ多いことですが、日本女性中の最高峰としてお立ちになられていらっしゃる、
    我が美智子皇后陛下は、実にその人であると恐れながら拝察致します。
    インドの詩聖タゴールが、曾て日本に来た時、日本婦人のなよやかな、淑やかな、
    そして犠牲的・沒我的な美しい心を見て、世界女性中の第一だと褒め称え、決して欧米の
    山猿式な婦人を真似る勿れと、一大警告を発したのです。
    世界的詩人であり文豪である我が小泉八雲も、また日本婦人・・・特に「サムライ」の女性を
    以て世界無比と賞賛し、自ら進んで日本のサムライの出である一女性を娶られたのです。
    然るに現代の我が女性諸君の多くは、自らを卑下し、自らの矜持(ほこり)を失って、例の山猿どもを
    真似て、山猿どもの奴隷となって得々としている。
    誠に哀れとや言わん、不憫とや言わん!

 よりそはむ (すき)はなくとも 文机(ふづくえ)の 上には(ちり)を すゑずもあらなむ

  • 学校生活を卒え、社会に出でて活動する青少年や我々成人等に向かって、学問修養の
    大切なことをお教え下さいました、誠に有難い大御心です。
    一首の意は、各自業務に追われて机に向かう隙は無くとも、せめて机の上だけには塵を
    据えないように、綺麗に掃除し整頓しておいて欲しいものであると、至極内輪に仰せ
    られたのでしょう。
    お互い聖諭(せいゆ)を奉体し、寸暇を(ぬす)んで読書したいものです。

 わけのぼる 道のしをりと なる松は 位なくても (うやま)はれけり

  • 教育者は、人爵の人にあらず天爵の人です。
    大いに自重して国民教育の大任に当たって欲しいとの、御激励の御言葉でしょう。
    「道のしるしとなる松」は、道しるべとなる松。即ち人の儀表であり木鐸者であり、
    指南者である教育者に御例えになられたのです。
    「位なくても」は、秦の始皇帝が松に大夫という五位の位を授けたという故事を思い
    出されて、例えそのような位は無くても、自然と世人から敬われる実に神聖な高貴な
    職務であるとの大御心です。
    世の教育者たるもの、いたづらに自卑し自棄して可ならんや!です。

 大空に (そび)えて見ゆる 高嶺(たかね)にも 登ればのぼる 道はありけり

  • 「登ればのぼる」は、登って見ようと思う意志さえあればの意。
    精神一到何事か成らざらむです。
    ただ為さざるに由る。為さばかならず成る。
    断じて行えば鬼神もこれを避けるのではないでしょうか。
    躊躇する勿れ、逡巡する勿れ、天下豈われを遮るアルプスあらんや!

 久方の 空はへだても なかりけり (つち)なる国は (さかい)あれども

  • 平素世界の平和、国際的協調を念とされた明治天皇の大御心。
    この三十一文字の上に流露して、実に高い・深い・厚い・大きい人類最高善の象徴とも、
    神の御声とも申し上げるべき御大作です。
    げに久方の空には隔てがありません。?い雲、白い雲、自由自在に飛んでいますが、
    誰も咎める者はいません。
    しかしながら、(つち)なる国は、各々境を設けて割拠し、虎視眈々、寄らば斬らんずの
    恐ろしい睨み合いです。
    而して「日本人入るべからず」の制札は、世界至る所に立っていました。
    何たる狭い見苦しい人間の国でしょうか。愛の教、人類愛の叫び、今果たして何処に
    ありましょう。
    「六合を兼ねて都を開き八紘を掩うて宇と為さん」とは、神武天皇建国の大精神です。
    我が国惟神の大道を根幹として、これに加えて東西文化を融合して打って一丸とした
    世界最高の道徳を以て世界に君臨し、世界の私心私欲を抑え横暴を制し、もって世界
    人類の平和と福祉を増進せしむることは、実に我ら日本民族の一大使命ではないで
    しょうか。
    今、我が日本は、明治天皇の御遺訓に従って、世界改造の一大聖業の実現に向かって
    邁進しなければなりません。

 嵐ふく 世にも動くな 人ごころ いはほに根ざす 松の如くに

  • 「嵐吹く世」は、経済国難・思想国難を酵母とする現下の険悪な世相の如きそのものです。
    斯くの如く険悪な世相に直面して、如何なる誘惑に合っても、如何なる困阨に遭遇しても、
    決して心を動かし、あらぬ道に堕してはならない。
    (あたか)大盤石(だいばんじゃく)の上に堅く深く根を据えている老松の如くに、操を守り節を持し泰然自若として、
    いささかも動じてはならぬとの尊い御垂訓です。

 親の行く あとを慕ひて 雛鶴(ひなづる)も 庭の(おしへ)や 踏み始むらむ

  • 学校教育・家庭教育の大切なることを諭された尊い御製歌です。
    「親」は、広い意味に解して学校教師をも含んでいます。
    親の行く跡を慕って歩を学ぶのが雛鶴の態度です。
    同様に、子供もまた両親や教師の人格・行動をそのままに真似るものですから、
    良き手本を示して薫陶(くんとう)しなければいけないとの御訓です。
    「庭の訓」は、庭訓(ていきん)即ち家庭教育のことですが、広く教育という意味に解して
    良いと思います。
    「踏み」は、学ぶこと・真似ること・見習うことの意。
    しかし、現状はかなり悲惨な状況といえます。
    学校教師は職業化してしまい、労働運動を起こす始末。
    挙げ句の果てには、卒業式に歌ってきた「仰げば尊し」を歌われると、己の浅ましさに
    自ら恥ずかしさが込み上げてくると言う有様。
    家庭にあっては核家族化が進み、親自身が我が国の正しい歴史を知らず、無知・無教養・
    無関心で、親の背中を見せることもままならない状況です。
    私達は、日本人本来の「誇り高く慈愛に満ち溢れ、教養?く思い遣り深い」
    大和民族の魂を、思い出さなければいけないと思います。

 (なら)び立つ (たけ)は等しく 見えながら このかみは猶 このかみにして

  • 「このかみ」は、兄・姉のことで年長者のこと。
    「並び立つ丈は等しく云々」の御言葉は、奇想天外より来るの感があります。
    畏れ多いことですが、兄弟を詠める古来百千の和歌中、未だ曾て見たことが
    無い御大作です。
    長を長とし、尊を尊とするは、社会秩序の基調です。
    而してこの長幼の序は、実に兄弟間の訓練より始まるのです。
    如何に身体は等しく見えても、或いは大きくても、或いは位貴くとも、兄・姉は
    猶を兄・姉なのです。
    何処までも兄・姉として敬事すべきが人間の道です。
    この礼、家に失えば一家乱れ、此の礼、国に失えば一国の秩序は乱れる。
    学校生活に於ける高低の年級を指導し、長幼序礼の訓練をすることは、
    現下の悪平等(不平等)、悪デモクラシーの思想に対する最も大切な
    対症方法だと思います。
    然るに世の教育打破の声に怯えて、却ってこの美徳を抑止して、これを
    平等化せんとする者さえ出てきている。
    思わざるの甚だしきものです。

 くもりなき 朝日の旗に 天照らす 神のみいつを あふげ国民(くにたみ)

  • 「朝日の旗」は、申すまでもなく我が日章旗です。
    「天照らす神」は、皇祖(こうそ)天照大御神(あまてらすおおみかみ)
    「みいつ」は御稜威で御威光のこと。
    一点の曇もなく、旭光燦然として光り輝く我が朝日の御旗は、あまねく全世界を
    照らし、等しく萬物に熱と光を与える無量光・無量壽・智徳円満の太陽を象った
    ものですが、その太陽こそ、即ち日の神であります我が皇祖天照大神その御方
    なのです。
    故に朝日の御旗その物は、天照大神の御相(おすがた)であり、同時にその無限光・無限壽・
    智徳円満の御神霊が宿っていらっしゃるのですから、天照大神の全身全霊の象徴
    として、御稜威の光として朝日の御旗を仰ぎ尊べ、我が日本の国民達よと、国旗の
    尊貴なる所以を御諭しになられた御製です。
    天照大神の御相を象り、天照大神の御神霊を御宿し奉った我が日章国旗は、同時に
    我が万邦無比の国体と、我が国民精神とを象徴した世にも尊い意義深いものなのです。
    即ち赤は、日本国民の二心無き赤心・丹心・明かきまことの忠孝心を表し、
    白は、太陽の明と・清浄潔白を表し、中央の日の丸の円は、円満具足の相と、
    完全無欠の意を表し、形の方は、端正・正義・公道・法則等の意を寓してあります。
    更にまた我が国旗は、かの外国の国旗などの色や意匠の複雑にして、くどくどしさ
    に似ず、頗る単純で淡泊(あっさり)としています。
    これは、また我が言挙げしない国民性、何事も簡単・率直・赤裸々を尊ぶ国民性、
    空虚な議論や理屈を避けて実際に即して事を処理して行くというが如き実行的国民性、
    例えば、国民歓呼の(うち)に欽定憲法を発布し給いしが如き、談笑の間に江戸城明け渡しを
    断行せるが如き、皆我が国民性を象徴したものです。
    このような尊き意義深い国旗ですから、これを取り扱うについてはよほど鄭重にし、
    これを仕舞い置くにも、また充分気を付けて不敬に渉らないようにしなければなりません。
    欧米諸国では、国旗尊重の念が頗る厚く、国旗に対する毎に必ず敬礼を行う姿を
    ニュースや映画等で目にしますが、国家観念のより盛んな我が日本国民にして、
    国旗尊重の念の甚だ薄いのは、大いに恥ずべきことです。
    また国旗掲揚に就いての濫用(無意味な)も多く見受けられますが、国家的祝日・
    祭日のほかは、よほどの場合でなくては濫用しないようありたいものです。


 敷島の やまと心を みがけ人 いま世の中に 事はなくとも

  • 「やまと心」は、即ち日本魂(やまとだましい)です。
    日本魂を培い養い、磅礴(ほうはく)として天地の間に漲らすべく努力しなさい。
    と、御訓へになられた御製です。
    「敷島」は、やまとの枕詞。一首の意味は、今は世の中に事は無く天下泰平なれども、
    治に居て(みだれ)を忘れず、大いに日本魂を磨き養へとの御仰せです。
    また、「事はなくとも」と仰せられた反面には、平時に於いても国のため、世のため
    真剣になって各自その職場職場に働いて臣道を実践し、もって国家の興隆を
    計るという精神が、即ち日本魂であるぞ!と御仰せになった御意(みこころ)が、言外に溢れています。

    日本魂に二つの魂があります。
    一つは荒魂(あらたま)・一つは和魂(にぎたま)です。
    荒魂は一朝事ある際に発する魂で、発しては萬朶(ばんだ)の桜となり、凝っては百鍛の鉄となって、
    肉弾また肉弾、敵を殲滅せねば止まぬという忠勇義烈な魂です。
    和魂は、天下泰平の時、上下一致、相和し相睦み、各々その生業に楽むという和平協同の
    魂がこれです。
    即ち、「皇路の?夷に当たっては、和を含んで朝廷に吐く」の魂です。

 人の世の 正しき道を 開かなむ 虎の住むてふ 野辺のはてまで

  • 八紘一宇の大精神を詠まれた玉詠です。
    「人の世の正しき道」は、正義公道、惟神(かむながら)大道(たいどう)
    「虎の住みてふ野辺のはて」は、未開の荒野、世界の隅々、虎の住むという(てふ)
    荒野の果てまでも、我が皇道をあまねく宣布して、世界の人類に輝きと力とを与えむ
    とのご抱負です。
    斯の道たるや、武力にあらず、権力にあらず、勿論欺瞞(ぎまん)譎詐(けっさ)、恫喝、搾取でもない。
    世界人類の等しく享有すべき筈の光明道、至仁至愛、明き・浄き・正しき・直き誠の道
    である至高至上の天皇道です。

 とき遅き たがひはあれど 貫かぬ ことなきものは 誠なりけり

  • 「とき」は疾であり速です。
    「たがひ」はちがいであり、差別です。
    人には遅速賢愚の違いはあるけれども、誠の一字のみあれば、如何なる事業といえども
    貫徹せぬことは無いとの御訓(おんおしえ)です。
    これまた千古の鉄則で、かの勝海舟が、大西郷とただの一度の会見で江戸城を明渡し、
    旗本十万の生霊を水火より救ったのも、また「まこと」一語の働きでした。

 善きをとり 悪しきを捨てて ()つ国に 劣らぬ国と なすよしもがな

  • 積極的で進取的な尊い御製です。
    此れ日本民族が三千年来の伝統的大精神で、彼の5ヶ条の御誓文に
    「知識ヲ世界ニ求メ大ニ振起スヘシ」
    と、宣らせられた勅諭の御趣旨と同じと解釈出来ます。
    学問知識を世界に求むるに就いては、毛嫌いしてはいけません。
    ちょうど蜜蜂が密を造るように廣く何れの花からも求め採らねばなりませんが、
    最も大切な注意点は、汚い露や雨水やその他不純な汁等は一切捨てて、
    その中の少量だけでも良いので純粋な甘汁だけを採ってここに蜂蜜という
    一種独特な甘味の物を創造するが如くしなければなりません。
    明治時代の大先輩は、大体此の精神をもって驚異的な新日本の大文化を
    築き上げたのです。

 上つ代の 事をつばらに 記したる 書をしるべに 世を治めてむ

  • (かみ)つ代の(ふみ)」とは、我が国の神典である「古事記」・「日本書紀」を始めとして、
    祝詞(のりと)宣命(せんみょう)・万葉集などをお指しになられたものと拝察します。
    これ等の書は、日本精神の淵源であり日本魂の故郷ですから、我々国民も、是非
    一読しなければいけない貴重な典籍です。「てむ」は願望の意。

 人もわれも 道を守りて かはらずば この敷島の 国は動かじ

  • 斯く微動だにせぬ国柄ですから、国民皆が一致協力してこれを守りさえすれば、
    決して永久に動くことはない。けれど、もし国民が外来の悪思想にかぶれて
    日本人たるの精神を失い、国体の如何なるかをも忘れて、これを擁護するという
    自覚がなかったならば、如何に堅固な国礎でも、遂には動いて国家は滅亡する。
    まことに恐るべきことです。
    「敷島の国」は日本の別名。「道」とは人倫の道、人間の踏み行うべき道。
    「古今ニ通シテ(あやま)ラス中外ニ施シテ(もと)ラ」ざる「斯ノ道」です。
    皇道と言い、国民道徳と言い、惟神(かむながら)の道と言うのも皆同じです。

 ならび行く 人にはよしや 後るとも 正しき道を ふみな違へそ

  • 「並び行く人」は、我と(くつわ)を並べスタートを切って競い行く人、また同級・同僚など
    競争の仲間。
    「ふみなたがえそ」の「な」は勿れ、「そ」は其れ、踏み違う勿れの意。
    「そ」を「ぞ」と濁るのは非。
    此の御製は、我と轡を並べて進んで行く競争の敵に、例え遅れることがあっても
    決して不義・不正などして、人の人たる正道を踏み違うことがあってはならぬ。
    如何に困ったとしても、假にもカンニング等して、日本人たるの面目を傷つけるような
    ことがあってはならぬ。
    また例え競争には負けても、男らしく堂々と負けるべきだ。との意。

 よこざまに 思ひな入りそ 世の中に 進まむ道は はかどらずとも

  • ひたぶるに進み行こうと思う我が道、我が事業が、よしや遅々としてはかどらなくても、
    決して不正・不義を為すなかれ!
    飽くまでも天地の公道に従い、社会正義に則り一挙一動せよ。との尊い御教えです。
    滔々(とうとう)たる世上、何と不義・不正・不善者の多いことか!
    「渇しても盗泉の水を飲まず、熱しても悪木の陰に息はず」です。
    我が清潔無垢なる少青年諸君よ、願わくは深く肝に銘じていただきたい。

 世はいかに開けゆくとも古の国のおきては違えざらなむ

  • 「国のおきて」は、皇国の国ぶりのこと。
    国体・道徳・憲法・制度・法律等で、ここでは主として国体・道徳・憲法等を
    お指しになられたものと拝察します。
    「違えざらなむ」は、違えないようにして欲しいと、ご希望あらせられたのです。
    学術が開け、人智が進んでも、世が如何に文化文明に(おもむ)いても、一国の精神であり、
    魂である国のおきて、即ち国体・憲法・道徳等は断じて違えるようなことがあっては
    ならぬ!もし違えるようなことがあれば、それこそ国家の破滅である。
    この点を深く戒められた御製です。

 草も木も萌ゆるを見れば春風に動かぬものはなき世なりけり

  • これは親和・和協・妥協・協調などの社会道徳をお教えいただいた尊い御製歌です。
    和煦(わく)たる春風が一度吹き至れば、地上の草木みな一時に萌え出づるが如く、
    人間の世もまた親和・和協の徳に因って悉く動き、悉く蘇る。
    親和なるかな、和協なるかな、と御詠歎になられた御雄作です。
    聖徳太子の憲法十七条の劈頭に「和を以て貴しと為す。(さから)う無きを宗と為す」と
    喝破なさった。
    「和」が、即ちこの御製の心です。
    神国日本は、「和」を以て治国の要訣とし、国号さえも「大和」と言っています。
    げに小は一身一家より、大は国家・世界に至るまで、人類の生活上最も尊いのは、
    実にこの「和」なのです。

 目に見えぬ神にむかいて恥じざるは人の心のまことなりけり

  • 「まこと」の尊さを(おし)へ給うた大御歌です。
    「神に(むか)いて恥じざる」は、俯仰(ふぎょう)天地に恥じざること。
    何等心に疚しいことが無く、神の御前でも毫も恥ずることの無い光風霽月の如き清き爽やかな襟度です。
    「神人冥合」・「神人一如」という境涯です。
    斯くも清い爽やかな襟度境涯を、私たちは日常不断、一年を通じて在りたいものです。
    然らば、如何にすればこれを得られるのでしょうか?
    そこで、明治天皇は、「人の心のまことなりけり」と御垂訓になられました。
    實に千古の金言です。
    まこと!まこと!まことは諸徳の源泉、人間行為の根本です。
    お互い「まこと」の一字を以て終始したいものです。

 あさみどり澄みわたりたる大空の廣きをおのが心ともがな

  • 天空海闊(かいかつ)・光風霽月(せいげつ)の心境にてあれかし!と歌われた御製(ぎょせい)
    千古不朽の大傑作たるを失いません。
    天高くして鳶の飛ぶに任せ、淵深くして魚の躍るに任す。
    大丈夫の襟度(きんど)は、斯くあらねばなりませんね。
    「おのが心ともがな」は、あさみどりに澄み渡った大空のような廣い、そして美しい綺麗な心を
    常にもっていたいものであるとの意。
    「がな」は、願望の辞で「〜たいものじゃ」という意味。

【参考図書】

  • 明治天皇御製読本」 発行所:大日本明倫歌詳釋刊行会



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